相手の言葉を学ぼうとする謙虚さを持とう。

同じ外国人でも日本国内在住と国外在住では異なる模様

6月29日付の@DIMEより『海外在住の外国人に聞く「日本で働きたい理由」と「働きたくない理由」』という記事※1が出ていました。アンケート調査の結果から面白い認識の差がみられたので、今日はそのことについて記事を書きたいと思います。

私が驚いたのは、海外にいる外国人がいかに日本に対して良いイメージを持っているかということです。あまりに良すぎて、妄信的とさえ思えます。普段、国内にいる外国人とばかり接しているので、この結果は実に新鮮です。

その一部をご紹介します。

国外に住む外国人を対象に「日本の働く環境」イメージを一斉調査した『JapanWorkアンケート』で92.2%の外国人が「日本で働いてみたい」一方で39.2%が「日本語を話せなければ昇給出来ないと思う」と回答している。

働きたいという人が92.2%って・・・某夢の国に行きたい人よりも多いんじゃないか?と思わずツッコミをいれたくなります。それだけ日本はファンタジーなのでしょう。
ただ、これ以上に興味深かったのは以下の結果です。

日本で働く場合、障害となりうる問題は何か。最も多い回答は「在留資格の取得」で39.2%となった。次に「言葉の違い」36.3%、「金銭的な問題」15.7%、「家族の問題」4%と続く。

「言葉の違い」を障害として上げている人が36.3%しかいない、この事実は衝撃的です。国内の外国人に同じことを聞いたら、それこそ90%以上の人があげるであろう項目が半数にも満たない・・・来日してから言語面で問題に直面するのは、日本社会の多言語化が遅れている側面もありながら、この認識の甘さにも端を発しているような気がしました。

人と人との付き合いは感情と切っても切り離せないものですので、来る側も迎える側も互いに配慮する気遣いをもって、自身の言語スキルやコミュニケーション術を日々磨いていく謙虚な姿勢が多様化した社会には求められるのでしょう。そのことを高校生のとき、新渡戸稲造著の『武士道』を読んで思いました。外国語を専攻する一つのきっかけとなった言葉を最後に引用します。

I have often thought,—”Had I their gift of language, I would present the cause of Japan in more eloquent terms!” But one who speaks in a borrowed tongue should be thankful if he can just make himself intelligible.
“もし、私に(かの著名な先生方のような)言語の才能があったなら、もっとはっきりと鮮やかな言葉をもって日本のことを話せるのに!”とよく思ったものです。しかし、借り物の言葉で語る者は、言わんとしていることの意味が伝わるだけでも感謝すべきでしょう。(筆者訳)

※1 出典海外在住の外国人に聞く「日本で働きたい理由」と「働きたくない理由」