【外国人社員のホンネ】Tさん(金融業界×営業職×ベトナム・ハノイ)

ーー外国人社員は、なぜ日本で働くのか?何を喜びとして感じ、何に不満を抱いているのか?
外国人留学生の就職支援や外国人社員の転職支援に携わり続けているソーシャライズが”ホンネ”に切り込みます!

※画像はイメージです

ーー 日本に留学したときのことを教えてください。

T 私はちょっと事情があって、最初は鹿児島の日本語学校に留学をしました。中心部である鹿児島市に住んでいたので生活自体は不便でなく、東京より物価も家賃も安かったです。その後、専門学校に進学するタイミングで東京に移りました。鹿児島市は小さいので市電でどこでも行けたのですが、東京に来たら電車が多くて混乱してしまい、よく電車を間違えて学校に遅刻していました(笑)また、上京したのは2011年だったのですが、震災直後だったので東京の生活は大変でした。ベトナムにいる家族からも、国に帰るように言われました。しかし、このままベトナムに帰国しても、日本語を学んだ2年間の意味がなくなってしまうと思いました。また、よく考えてみれば日本人は日本で普通に生活できるのに、なぜ私たち外国人はできないのかと思って、日本に残ることに決めました。あと、上京した直後は方言に慣れていたので、標準語がわからずに苦労しました。今はほとんど鹿児島弁覚えていないんですけどね(笑)

ーー 卒業後、日本で働きたいと思ったきっかけは何ですか?

T 昔、父親がベトナムで車やバイクの部品をつくる工場をもっていたんです。その関係で、高度な技術を学ぼうと思って来日しました。しかし、日本語学校に通っている間に父の工場が倒産してしまったんです。いきなりの出来事でとてもショックでした。自分もとても大好きな工場だったので。そこで、自分の進路についても考え直さなければならなくなって、技術関係のことだけではなく、ほかの道も考え始めました。そこで、まずはいろいろなことに挑戦しようと思って、東京に行くことにしたんです。鹿児島で勉強し続けることも考えましたが、東京に行った方がいろんな人に会うチャンスが多いと考えました。鹿児島は狭いし、外国人もそれほどいないので。でも、鹿児島はいいところで、とてもきれいですよ。桜島とか海も本当にきれいです!

ーー 日本もご家庭も大変な状況だったんですね。そのような大変な時期にTさんは就職先をどうやって見つけたのですか?

T 私が就職を決めたのは、能力じゃなくて縁でした。学校の先生やアルバイト先の店長、先輩、友人などに仕事探しの相談をして、少しでも多くの情報を得るよう努力しました。ただ、いくら縁があっても結局は自分が頑張らないといけなくて、日本語能力や自分の長所をアピールしないと採用してくれない・・・。テストも面接も全くうまくできなくて、全然合格できませんでした。そのような中、友人に「うちの会社が人を募集しているよ」と教えてもらい、その会社の面接を受けて、内定をいただきました。その会社はテストもなかったし、面接も2回で終わりでした。すごく簡単に仕事が見つかったので、今までの苦労は何だったんだろう?って変な悲しさがありました(笑)

ーー ”縁”の力はすごいですね。入社してからはどのような感じだったんですか?

T 最初はわからないことばかりで難しかったです。専門学校で勉強したのはビジネスや経営でしたが、会社の仕事は金融関係で、直接関係があるというわけではないんです。しかし、勉強した内容と違っても長く働いて頑張れば覚えていけると思って、先輩の働き方を見たり聞いたりしていました。現在、この会社で働き始めて5年になりますが、今後もここで働くつもりです。この会社は日本の会社ですが、海外向けのサービスをしているので、日本人が少なく外国人社員が多いです。だから、日本語でのコミュニケーションに壁を感じづらいです。日本人とだけ日本語を話すと、自分のできないところばかり目立って、自信がなくなります。でも、外国人社員同士で日本語を話すと、できないところがあって当然だから自信をなくすことはないし、お互いに理解しようとするから問題なく分かり合えます。

ーー ネイティブスピーカーでないが故に互いへの配慮があって、わかり合えることはあるかもしれませんね。しかし、そのような環境で日本語力は伸びるのですか?

T 勉強よりもずっと難しい仕事を日本語でできているので、伸びていると思います。ただ、日本語学校や専門学校で学んだ言葉で使わないものも出てくるので、そういったものはほとんど忘れます。

ーー 具体的に日本語能力試験などの試験はどれくらい伸びましたか?

T お恥ずかしながら日本語能力試験は受けたことがないんですよ。私が就活した時は留学生間での競争がなかったんですね。だから、資格がなくても日本語が話せれば、日本語力能力試験N1の資格はいらなかったんですよ。でも、今は外国人の就職活動も競争が激しくなっているので、日本語のレベルがわかるものを示さないと、その競争に勝てなくなってきているようです。

ーー 入社してから苦労した思い出はありませんか?

T 来日してからずっとコンビニのアルバイトをしていたので、学校で勉強したパソコンの操作はほとんど頭に入っていませんでした。そのため、初めの3か月は結構大変でした。具体的にいえば、メール、ワード、エクセルに加えて写真の編集が大変でした。それに加えて、資料はすべて日本語ではなく英語だったので、それにも苦労しました。英語はちょっと苦手だったので、その時から英語を勉強しなおしました。どうしてもわからないときは周りの人が教えてくれたので、なんとか仕事もできました。私の会社は書くときは英語、話すのは日本語という感じなので、だいぶフレキシブルで働きやすいです。

ーー 働きやすい職場なんですね。特に不満はありませんか?

T 不満はもちろんありますよ。大きな会社なので一人一人の面倒をきっちり見ることはできないようです。たとえばこの間の大きな台風の時、電車が動かなくなってしまって帰宅がすごく遅くなってしまったんですね。そこはもう少し電車が動かなくなることを想定して、早く帰すなどの対応をしてほしかったです。あとは、特に営業とかの仕事をしていると、夜遅くまで仕事が長引くこともある。家族がいる人は早く帰りたいですよね。でも、それとは反対にそうじゃない人たちはもっと働きたいし頑張りたいと思う。そういう時は意見が合わないときがあります。うちの会社の場合、みんなで話し合った結果、そんなに仕事が遅くならないようにしよう、ということを決めました。話し合うことはとても大事なことだと思います。いわないと不満がたまってしまいますから。

ーー みんなで話してものごとをきめていくことは、多様性の実現には不可欠ですよね!今の仕事は楽しいですか?

T はい、とても楽しいですよ。職場に外国人がたくさんいるので、いろんな文化を経験できます。たとえば、みんな自分の国の料理を職場に持ってきます。また、自分の仕事で外国人実習生のサポートができるのがうれしい。日本に来て、自分のことだけを頑張るのではなく、自分が頑張ったことが結果としてみんなのためになっていくのがとても嬉しいです。よほどのことがなければ、今の仕事を辞めるつもりはないです。私は入社してから結婚もして、家族を養っているので、もっともっと頑張って幸せな家庭をつくりたいです。

 

いかがでしたでしょうか?Tさんのように「今後もこの会社で働きたい」と思えるような仕事と出会い、働き甲斐を感じて活躍している外国人社員が日本にはたくさんいます。彼らの中にはTさんのように、日本で家庭を築き、配偶者や子供含めて主体的に日本社会に参画して、これからの未来を一緒につくっていく人も相当な数います。”就労者”としての外国人と協働するだけでなく、”生活者”としての外国人と共生していく道を真剣に考え続けることもかなり重要なポイントであると私たちは思います。

次回もご期待ください。

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