“今”の日本語能力重視が“将来”の勝機を逃す

『日本企業による元外国人留学生の高度人材活用に関する調査報告書』(http://www.kaken-jinzai.jp/ResearchReport.pdf)によると、「意思疎通・コミュニケーションに問題」「言葉の問題」「細かいニュアンス・表現が伝わらない」など、採用した外国人社員の日本語能力不足に関して不満に思う企業が割合として多いようです。


実際、私たちも「日本語能力試験で最も難しいN1を持っているはずなのに、日本語がイマイチ」「2年間も日本にいるのにコミュニケーションが十分に取れない」などといった企業側の声を耳にすることがあります。そして、このことが理由で、ポテンシャルも高く、情熱も、現地人脈もある留学生の採用が見送りになっているまさに『もったいない』ケースも多々あります。


そもそも、“ビジネスシーンにおける日本語能力”を採用基準にしてしまうのは、あまり合理的でないように思えます。なぜなら、ほとんどの留学生が学んでいるのは“広範かつ一般的な日本語”で、実践的というよりは学術的だからです。一つ例を挙げてみましょう。

「日本語が上手になるために、私は毎日勉強します。」

上の文には間違いがあります。どこが間違っているかわかるでしょうか。なんとなく違和感があるものの、明確に指摘するのは難しいかもしれません。我々のような日本語ネイティブは教わらないからです。答えは「日本語が~」と「私は~」の部分。「~ために」という表現は、前後の文の主語が同一でないといけないのです。もし、このような類の“日本語能力”をはかる試験を行ったら、留学生のほうが日本人よりも高得点を得るかもしれません。

上記のように“留学生の学んできた日本語”と“企業の求める日本語”とは、その内実においてずれています。このずれたポイントで優秀な人材かどうかを見極めようとするのは不毛ともいえます。むしろ、入社意欲や人間性(特に忍耐力と誠実さ)を重視し、日本語は入社後の専門性も含めてキャッチアップに期待する方が良い人材を採用できます。

これは日本人でも同様のことが言えます。わかりやすいのがTOEICのスコアです。入社時点で900点を超えていても、ビジネスシーンで使ったことのない人にはトレーニングが必要ですし、600点の人でも英語による業務経験があれば、ビジネスシーンでうまく対応することができます。そして、いずれの場合においても仕事への情熱があれば、日々の業務の中で言語的な問題を一つ一つ解消していき、そう長くないうちに一通りのことができるようになります。そうなったとき、その人は疑いようもなく会社の主戦力であり、優秀なグローバル人材であると言えるでしょう。


留学生や外国人の採用において、目の前にいる面接者の日本語が気になるのは仕方のないことだと思います。しかしながら、入社前に社会人レベルの日本語を学んできたという人はほとんどいません。学んでもいない能力を重視し、面接者の可能性や才能、情熱を無視していては、世界の優秀な人材を採用することはできません。元々教育・研修で強みを誇ってきた日本企業らしく、長期的な視点でグローバルな才能を育て、そのポテンシャルを花咲かせていきたいものです。

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